大講堂の仏様

弥勒三尊像 【重要文化財】 白鳳〜天平時代

弥勒三尊像 重要文化財 の写真

 薬師寺は法相宗[ほっそうしゅう]の大本山です。その法相宗の唯識教義[ゆいしききょうぎ]を説かれた弥勒仏[みろくぶつ]をお祀りするのが本来の在り方です。

 天平時代には西院正堂[さいいんしょうどう]のご本尊は弥勒浄土[みろくじょうど]相の障子絵でした。またその北側には玉華寺[ぎょっかじ]の玄奘三蔵の御影像も安置されていました。玉華寺とは玉華宮殿を玄奘三蔵の経典翻訳所として改めたもので、地上の兜率天宮[とそつてんぐう]とも呼ばれました。大講堂に安置されている弥勒三尊は、近世の早い頃から西院弥勒堂の仏様でした。向かって右は法苑林菩薩[ほうおんりんぼさつ](左脇侍)で、左は大妙相菩薩[だいみょうそうぼさつ](右脇侍)です。ところが江戸時代になって講堂を再建するために、もとの講堂本尊の阿弥陀繍帳にちなんで阿弥陀三尊と名称を変えてお迎えし、さらに明治以降は、本薬師寺旧仏とのからみから薬師三尊と名称を変えてお祀りしてきました。しかし、平成15年(2003)に大講堂が復興されるに当たって、法相宗の薬師寺にふさわしく、もとの西院弥勒堂のご本尊の由緒を継いで頂くとともに、本来の正しい尊名にお戻り頂くことになりました。

 今後は、大講堂ご本尊を「弥勒三尊」として親しんでお参り頂き、また大講堂を唯識教学の真の研鑚道場[けんさんどうじょう]として活用していきたいと願っております。

仏足石・仏足跡歌碑 【国宝】 天平時代

仏足石 国宝 の写真
仏足石

 お釈迦さまがお亡くなりになって、約3〜400年間はインドには仏像がありませんでした。これは仏さまを形に現わすのは勿体ないことであるとの考えからで、そのかわりに、仏さまの足跡を石に彫ったり、菩提樹[ぼだいじゅ]や法輪に祈りを捧げてきました。この仏足石は側面に記される銘文により、インドの鹿野苑[ろくやおん](お釈迦さまが初めて法を説かれた所)の仏足石をもとに、天平勝宝5年(753)に刻まれたことがわかる日本最古の仏足石です。

 仏足跡歌碑は、仏足に対する礼讃[らいさん]と生と死の歌が刻まれています。歌の調べは「五七五七七七」で、一首が三十八文字の仏足跡歌体です。一字一音の万葉仮名を使って二十一首の歌が刻まれ、仏足石に対する天平人の感動が素朴に詠まれています。

釈迦十大弟子

釈迦十大弟子 の写真

 2500年程前インドでお釈迦さまやその多くのお弟子さまが、日々厳しい修行をされていました。中でも優れた十人が釈迦十大弟子です。苦行の末に羅漢となられたその心や人格、精神性等を具象の像とし、お姿は原初形態で制作し奉納されました。平成の世に十大弟子の存在や魂が甦ったのです。仏足石を中心にお釈迦さまと語らうが如くに安置されたこの像を拝む時、十人の様々な生き方が時空をこえて良き先達[せんだつ]として私たちに示そうとされる、そんな慈悲心が伝わるように思われます。平成14年(2002)に彫刻家中村晋也師よりご奉納頂きました。

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