法相宗とは(教義について)

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瑜伽師地論

 法相宗、または唯識宗、応理円実宗[おうりえんじつしゅう]、慈恩宗[じおんしゅう]とも呼ばれて、南都六宗[なんとりくしゅう]の一つです。

 この宗の宗旨としては、唐でできたものですが、そのもとは印度の弥勒菩薩[みろくぼさつ]、無着菩薩[むちゃくぼさつ]、世親菩薩[せしんぼさつ]によって大成され、護法菩薩[ごほうぼさつ]等によって発展した唯識教学です。紀元七世紀の初め、玄奘三蔵が印度で17年の間仏教教義の修得に勤められました。その間特に唯識教義の研鑚に勤められました。しかし帰朝後は翻訳に全勢力をそそがれ、教義の発揮は門下第一の逸足といわれた慈恩大師[じおんだいし]に託されました。大師は師より伝授の法統を巧みに整理し法相宗を開創されました。

 その後、淄州大師[ししゅうだいし]、撲揚大師[ぼくようだいし]の法相ニ祖・三祖より日本の留学僧、道昭[どうしょう]、智通[ちつう]、智達[ちたつ]、智鳳[ちほう]、智鸞[ちらん]、玄ム[げんぼう]によって日本に伝えられ、行基[ぎょうき]、徳一[とくいつ]、真興[しんごう]、貞慶[じょうけい]、良偏[りょうへん]、光胤[こういん]等から現在に伝わっています。

 この宗の特徴は阿頼耶識[あらやしき]、末那識[まなしき]という深層意識を心の奥にあるということを認めているところにあります。その阿頼耶識を根本識[こんぽんじき]とし、一切法は阿頼耶識に蔵する種子[しゅうじ]より転変せらる(唯識所変[ゆいしきしょへん])としています。つまり私達の認めている世界は総て自分が作り出したものであるということで、十人の人間がいれば十の世界がある(人人唯識[にんにんゆいしき])ということです。みんな共通の世界に住んでいると思っていますし、同じものを見ていると思っています。しかしそれは別々のものである。例えば、『手を打てば はいと答える 鳥逃げる 鯉は集まる 猿沢の池』という歌があります。旅行客が猿沢の池(奈良にある池)の旅館で手を打ったなら、旅館の人はお客が呼んでいると思い、鳥は鉄砲で撃たれたと思い、池の鯉は餌がもらえると思って集まってくる、ひとつの音でもこのように受け取り方が違ってくる。一人一人別々の世界があるということです。

 それを主張するのですから複雑難解です。しかしそれをいとも巧みに論理の筋道を立てて、最も学的秩序を保った説明がなされているところに、この宗の教理の特徴があります。

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